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2006年8月22日 (火)

でかぱんジャーナル Vol.12

お盆明け!!でかぱん心霊行脚!あなたの知りたい世界SPECIAL★

あの稲川淳二も真っ青の首なし地蔵から虹の大橋まで・・・・・

・【1】あなたの知りたい世界 首なし地蔵

・【2】あなたの知りたい世界 虹の大橋

今回はお盆明けということもあって、

あなたの知りたい世界SPECIALでお届け!!

でかぱん心霊行脚にいってきちゃいました!!!

ゴーストレーダーも持ってきました。

う~~ん。いつ行ってもこあい。こあああああああぁい。。

【1】あなたの知りたい世界 首なし地蔵

まずは ・・・・・・・・・・・・・八王子 首なし地蔵 ・・・・・・・・・・・・

東京都八王子市鑓水付近

八王子バイパス鑓水ICから、県道20号(府中相模原線)
を川崎方面へ。。
多摩美術大学を少し過ぎた辺りから絹の道の看板
がでてきます。

幕末から明治にかけて、生糸を運ぶ道として栄えた「絹の道」
その途中に明治8年、豪商によって建てられたお堂、「道了堂」
(正式名称は栄泉寺別院大塚山大学寺)があり
戦時中は出征する兵士や家族たちが数多く訪れ賑わっていたそうです。
昭和38年9がつ10日、女修行者としてここに住み込みお堂を守っていた
浅井としという82才の老婆が、行きずりの強盗に全身をメッタ刺しにされ
境内に遺体を放置されるという酷い事件があって以来荒れ放題になって
しまいました。
この頃から老婆のすすり泣く声が聞こえると噂されるようになります。
また昭和48年9月上旬、立教大学助教授が不倫のもつれから教え子の
女子大生を殺害して遺体をこの近くに遺棄する事件が起きています。
死んだはずの女子大生の姿が絹の道で度々目撃されて、
幽霊騒ぎが起こりましてね、捜索をしたところ、
幽霊の目撃証言の多いところで、
翌年の3月に女子大生の遺体が見つかりました。
お堂は昭和60年(1985年)からの
絹の道の整備により取り壊され、
現在は大塚山公園内に土台を残すのみとなっています。
また、公園内には幾つかの石碑や地蔵等も
残っているそうなんですが、その中に首なし地蔵があります。
これに触れてしまうと祟りがあると恐れられています

地蔵を壊した連中が白い車に乗っていた事から
白い車で訪れると祟られるとも言われています。

↓↓↓首なし地蔵 写真館  (赤い丸の中には謎の顔が・・・)

写真1

絹の道入り口

写真2

ゴーストレーダー

写真3

道了堂跡

写真4

ベンチの二人

写真5

ベンチUP

写真6

座り地蔵

写真7

座り地蔵UP

写真8

首なし地蔵

写真9

首なし地蔵UP

【2】あなたの知りたい世界 虹の大橋

後半戦・・・・・・・・・・・・・・虹の大橋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神奈川県津久井町宮ヶ瀬湖の周囲を通る県道64号線にかかる橋です。
ここは神奈川県有数の自殺の名所で、
とくに宮が瀬ダムが建設中で橋の下にまだ水がはいっていなかった時に
自殺者が多かったみたいです。

白い人影が見えたり、
うめき声、フェンスにつかまる手。。などの噂があります。

↓↓↓虹の大橋 写真館 (まっすぐな道なのにブレーキ痕が・・)

写真1

虹の大橋

写真2

お供えもの?

写真3

40キロ制限・・

写真4

お花・・・

写真5

削られてます・・

写真6

同じく削れ・・

血痕??

写真7

ブレーキ跡

写真8

この通り

まっすぐなのに・・

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心霊スポットグッツが欲しい方はこれをクリックして下さいね。

ご意見、ご要望、出演したい方はコチラまでお願いします。

info@aisfactory.co.jp

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